一括査定のサイトに情報を入力したのは、金曜日の夜十時過ぎだった。
母の家を売ろうかどうしようか、三か月ほど一人で悩んでいた。兄に相談すればよかったのかもしれないが、兄は遠くに住んでいるうえ、この話になるといつも「任せる」としか言わない。一人で決めなければいけない、と自分に言い聞かせていた。
そんなとき、テレビで「一括査定で家の価値が分かる」というCMを見た。まず相場を知ろう、それだけでも分かれば前に進める気がする、と思ってスマホで検索した。大手の一括査定サイトに登録し、物件情報と自分の名前と電話番号を入力して送信ボタンを押した。
送信した瞬間から、スマホが鳴り始めた。
最初の電話は翌朝八時過ぎだった。まだ布団の中にいた私は、寝ぼけたまま電話を取った。「おはようございます、査定のご依頼ありがとうございます」と、聞いたことのない会社の担当者が早口で話し始めた。私が何か言う前に、訪問査定の日程調整の話に入っていた。
その電話を切った直後、別の番号から着信があった。また別の会社だった。その電話を切ると、また別の会社から。その日の午前中だけで、七社から電話がかかってきた。
午後には会社の知らない番号からの着信が止まらず、メールボックスには十数通の査定関連のメールが溜まっていた。私は電話に出るのをやめた。出ると、全部似たような言葉を並べて、訪問日の約束を取り付けようとしてきた。
「とりあえず話だけでも」「無料ですから」「一度お伺いするだけで」。
日曜日の朝も電話が鳴った。家族で朝ごはんを食べている最中だった。夫が「また?」という顔をした。私は「なんでもない」と答えたが、食卓の空気が変わったのが分かった。夫には、まだ母の家のことを詳しく話していなかった。一人で抱えているつもりだったのに、着信音が私の秘密を晒していた。
私は、話だけでも聞きたかったわけではなかった。まず、自分の中で「売る」と決めきれていなかった。売るかどうかをゆっくり考える時間が欲しかっただけなのに、電話の向こうの人たちは、私がすでに「売ると決めた人」として扱ってきた。
その夜、私は布団に入ってもなかなか眠れなかった。天井を見つめながら、何のために査定を頼んだんだろうと考えた。相場を知りたかっただけだ。それだけのことだったのに。スマホを機内モードにしても、着信履歴を見るだけで胸が苦しくなった。自分が何か大きな歯車に巻き込まれて、自分の時間とペースを奪われてしまった感覚があった。
翌週、私は意を決して、一社ずつ電話をかけ直して「査定は辞退します」と伝えた。ほとんどの担当者は丁寧に応じてくれたが、中には「なぜですか」「もう一度考え直していただけませんか」と粘る人もいた。ある担当者は「今が一番高く売れる時期ですよ」と煽ってきた。その言葉が、母の家を値札付きの商品のように扱っている気がして、受話器を握る手に力が入った。
全員に断りの電話をかけ終えた時、私は疲れ果てていた。七社に電話するだけで、半日が潰れた。たった一回、査定サイトにボタンを押しただけなのに。取り消すのに、こんなにエネルギーがいるのかと呆然とした。
それから一か月以上、私は家のことを考えるのをやめた。考えると、あの電話の音がまた鳴り始める気がしたからだ。本当は考えなければいけないのに、考えることが怖くなっていた。
母の家の前を車で通ることがあった。庭の草が伸びていた。母が元気だった頃は、毎朝丁寧に手入れしていた庭だ。それを見て、やっぱり何かしなければと思った。でもスマホを手に取ると、あの着信履歴の一覧が目に入って、また閉じてしまった。
夫が「何か困ってるなら言ってくれ」と言ってくれた夜があった。でも私は「大丈夫」と答えた。何をどう困っているのか、自分でも説明できなかった。ただ、あの電話の洪水が、私から「考える力」を奪ってしまった気がしていた。
転機は思いがけないところからやってきた。
スーパーの駐車場で、近所に住む母の古い友人に偶然会った。世間話のついでに、自分が数年前に実家を売ったときの話をしてくれた。その人は、地元で長く仕事をしている不動産の担当者を一人だけ紹介してもらい、その人とだけ話を進めたと言った。「一度に何社も相手にしない。自分のペースで動けるから、気持ちが壊れないのよ」と。
私は駐車場で、その言葉を何度も反芻した。エンジンをかけてからも、しばらくハンドルを握ったまま動けなかった。
気づいたのだ。私は売ることそのものが怖かったのではなかった。自分の気持ちが追いつかないうちに、誰かのペースで巻き取られていくことが怖かったのだ。あの電話の嵐は、私から「自分で選んでいる」という感覚を奪った。だから怖かった。判断力を奪われることが、一番怖かった。
今なら、少し分かる。売るかどうかを迷っている時期に必要なのは、たくさんの選択肢ではなく、自分の気持ちに寄り添ってくれる一人の人だった。あの時の私に必要だったのは、査定額ではなく、「まだ迷っていてもいいんですよ」と言ってくれる声だった。
