「兄に同意してもらいたい」と、私は最初にそう言った。
共有名義の実家を売りたい。兄が反対している。だから兄を説得する方法を知りたい——それが私の相談のつもりだった。
でも今になって思うと、私が本当に欲しかったのは、兄の「同意」じゃなかった。
母が亡くなって三年が経つ。岡崎市の実家は、兄と私の共有名義のままだ。
固定資産税の通知が来るたびに兄に半分を請求して、それ以外の話はほとんどしていない。
兄は実家からずいぶん遠くに住んでいて、草刈りも管理も全部私がやっている。実家に一番近い子どもとして、当然のようにその役割を引き受けてきた。
最初のうちは、それでよかった。でも三年経って、少しずつ疲れてきた。
物理的な疲れというより、「この状態がいつまで続くんだろう」という疲れだ。
売りたい、という気持ちが出てきたのはそのあたりからだ。
兄に電話をした。「そろそろ実家のことを決めたい」と言った。
兄は「まだ急がなくていいんじゃないか」と言った。「お前が管理してくれてるんだろう。それでいいじゃないか」と。
その言葉が、思いのほかきつかった。
「それでいいじゃないか」——私がやっていることが「それでいい」に見えているのか、と思った。感情的に反論したくなったが、飲み込んだ。また同じ話になる。
それ以来、兄への電話が億劫になった。
「同意を得たい」というのは本当だった。でも、それだけじゃなかった。
私が本当に欲しかったのは、兄に「わかった、ありがとう」と言ってもらうことだったのかもしれない。三年間、一人で管理してきたことへの、何かしらの言葉。
「一緒に考えよう」という姿勢を見せてもらいたかっただけかもしれない。売る売らないの前に、まずそこが欲しかった。
でも、兄はそれを言わなかった。私もそれを求めていると言わなかった。お互いに、大事なことを言わないまま、「実家をどうするか」という話だけを続けていた。
ある夜、母が使っていた台所に立ったとき、ふと思った。
母は生前、兄のことが好きだった。長男だから、という感じじゃなくて、心から。でも母は私のことも好きだった。そのことはわかっている。
わかっているはずなのに、なぜか最近、「自分が割を食っている」という気持ちが消えないでいた。
その感情は、実家の話が引き金だったが、根っこにあるのは実家じゃない。もっと昔からある何かだ。
兄との関係の中に、ずっと解消されていないものがある。それが実家を通して出てきている。そういうことかもしれない、と思った。
「同意がほしい」という言葉は、本当のことだった。でも、それはもっと深いところにある言葉の表面だけだった。
表面だけを言い続けているうちは、兄とも、この問題とも、ちゃんと向き合えない。
私が本当に欲しかったのは何か。実家を売ること?お金?兄からの言葉?それとも、何か別のもの?
まだ答えは出ていない。でも、「同意を得る方法」を探していた私が、もう少し手前にある問いに気がついたことは確かだ。
その問いと向き合うのは、不動産の話よりずっと難しい。でも、そこから目を逸らしていては、何も変わらない気がしている。
