「踏み切れないんです」と、私は何度も言った。

豊田市の実家。相続してから4年が経っていた。「そのうち動こう」と言いながら、毎年固定資産税を払い続けた。年に数回、草刈りに行った。

周囲には「考え中」と言っていた。不動産屋には「まだ準備ができていなくて」と言った。

でも本当のことを言えば、「準備」という言葉は嘘だった。


私が本当に恐れていたのは、別のことだった。

実家を売ることへの罪悪感ではなかった。父への申し訳なさでもなかった。

「売ったあと、何に使おうか」と考えたとき、答えが出なかった。

老後のために取っておく? 子どもの教育費? それとも何か投資に?

正直、何に使っていいか分からなかった。漠然とした大金を手にすることへの、準備ができていなかった。「売れば2,000万円以上になる」という現実に、私の生活設計が追いついていなかった。


知人の紹介で、エージェントと話した。

「踏み切れない理由は何ですか」と聞かれた。

「感情的な部分もありますし、情報も足りていなくて」と答えた。それは本当のことだった。でも全部ではなかった。

「売った後の資金をどう使うか、イメージがありますか」と続けて聞かれた。

私は一瞬黙った。「実は、そこが一番曖昧で」と、初めて本音を言った。


「それ、よくあります」と彼は言った。「不動産を売ることより、売った後の生活設計の方が難しい、という方は多い。踏み切れないのは、踏み切った先が見えていないからですよね」

そうだった。踏み切れないのは、売ることへの迷いではなく、売った後への迷いだった。


彼はその日、売却の話よりも、私の生活設計の話を聞いてくれた。老後にどのくらいの資金が必要か。住み替えの予定はあるか。子どもはどこまで考えているか。

「売却の話は、そこが整理されてからでいいと思います」と言われた。

急かされると思っていた。でも、逆だった。


3ヶ月後、私は「動こうと思います」と彼に連絡した。

売った後の使い道が、ある程度クリアになっていた。全部が決まったわけではない。でも、「何に使うか」の大枠が見えたとき、踏み切れない理由が消えた。

「踏み切れない」は、実家への未練ではなかった。その先の自分の生活への、準備不足だった。


本音を言える場所があれば、動くのはずっと早かった、と今は思う。