「実家を売るべきか、残すべきか」という問いを、私は三年以上持ち続けていた。

父が亡くなって、母は施設に入り、実家は空き家になった。兄は遠くに住み、意見を言わない。私は月に一度通って家を管理していた。迷いの始まりはその頃だった。

私はとにかく「答え」を探していた。売るべきなのか、残すべきなのか。どちらが正しいのか。そう考え続けていた。

ネットで検索した。本を読んだ。ファイナンシャルプランナーの無料相談にも行った。税理士の記事も読んだ。

維持費の計算もした。シミュレーションもした。表を作って、メリットとデメリットを並べた。

情報はいくらでも出てきた。「売るべき」と言う人もいれば、「残すべき」と言う人もいた。人によって、状況によって、答えは違った。どの答えにも根拠があって、どれも正しく見えた。

あるサイトには「空き家は早く売るべき、維持費がもったいない」と書いてあった。別のサイトには「売り急ぐと損をする」と書いてあった。どちらを読んでも、「そうかもしれない」と思った。そして、どちらを読んでも、私は一歩も前に進めなかった。

表計算ソフトで作ったシミュレーションは三つのバージョンがあった。「今すぐ売る」「3年後に売る」「売らずに保有」。どのシナリオにもメリットとデメリットがあった。数字を何度入れ替えても、圧倒的にどちらかが有利ということにはならなかった。

でも、私の迷いは消えなかった。

三年目のある日、友人に愚痴をこぼしていた。「結局、答えが見つからないの」と。

友人は少し笑って言った。「答えなんて、最初からあるんじゃない? あなたが、その答えを受け入れる覚悟ができていないだけ」と。

その言葉は、私の胸に深く刺さった。

家に帰って、私は一人で長く考えた。友人の言葉が本当なら、私はとっくに答えを持っていることになる。持っているのに、見ないフリをしている、ということになる。

目を閉じて、自分の心の奥を覗き込んでみた。

答えは、そこにあった。

私はずっと、「売る」という答えを持っていた。母が家に戻らないことも、空き家の維持費を払い続ける余裕がないことも、兄がこの家に関わる気がないことも、全部分かっていた。答えはずっと「売る」だった。

それなのに、私は答えを探すフリをしていた。

なぜか。

売ると決めることが、怖かったからだ。自分で決めるということは、結果に責任を負うということだ。売ったあと後悔したら、誰のせいにもできない。自分の判断のせいになる。その重さが、怖かった。

だから私は、「誰かに答えを示してもらう」ことを求めていた。本やネットや専門家が「売るべきです」と言ってくれれば、私はその答えに従うだけでよかった。自分で決めたことにならないから、責任を軽くできる気がした。

ファイナンシャルプランナーに相談した時も、心のどこかで「売ったほうがいいですよ」と言ってもらうことを期待していた。でもその人は「ご自身の状況と気持ち次第です」と言った。正しい答えだった。でも、私が欲しかった答えではなかった。

友人に相談しても同じだった。「難しいよね」と言ってくれる人はいたが、「こうすべきだ」と断言してくれる人はいなかった。当たり前だ。他人の家族の、他人の実家のことを、代わりに決められる人なんていない。

でも、そんな答えはどこにも存在しなかった。他人は、私の代わりに私の人生を決められない。

答えが欲しかったわけではなかった。私は、決断する勇気が欲しかったのだ。

それに気づいた夜、私は少し眠れなかった。気づいてしまった以上、もう逃げられないことが分かっていた。三年間「答えを探す旅」をしていた自分が、実はずっと同じ場所で足踏みしていただけだったと認めるのは、なかなかつらいことだった。

翌朝、私は実家に行った。いつもは掃除と換気だけの事務的な訪問だったが、その日は違った。玄関で靴を脱いだとき、母が毎朝磨いていた三和土の石のことを思い出した。

居間に上がり、誰もいないのに「ただいま」と言った。父の写真と、母が残していった食器棚と、縁側の日だまりを見た。窓から差し込む光が、埃の粒子を金色に照らしていた。この家は、こんなに静かだったか。人が住んでいた頃の記憶ばかりが大きくて、今の静けさを正面から感じたことがなかった。

「この家を、売ります」と、声に出して言ってみた。

言ったあと、少し涙が出た。でも、胸の奥が、少し軽くなった気がした。言葉にすると、決断が体の中に定着するのだと知った。

それから私は、少しずつ動き始めた。急がず、でも止まらず。売ると決めた日から、迷いは消えた。代わりに、決断を受け入れる責任が、私の中に静かに座った。

「実家を売るべきか残すべきか」という問いに、客観的な正解はない。答えは、その人の生活と気持ちの中にしかない。そして、その答えを受け入れる覚悟ができたとき、初めて人は動き出せる。

情報を集めても、人に相談しても、迷いが消えないとき。それは、自分の答えを受け入れる時間が、まだ来ていないだけなのかもしれない。

私が三年間かけて探していたのは、答えではなく、自分の答えと向き合う勇気だった。