「別に高く売りたいわけじゃないんです。適正価格で売れれば、それで十分です」
そう言いながら、私は査定の説明が始まるたびに話題を変えていた。
「この縁側で、父と将棋を指していたんですよ」「庭の柿の木、父が植えたんです。毎年実がなって、ご近所に配っていた」
後から思えば、値段の話になると逃げていた。
豊田市郊外の、父が建てた家だった。
父が亡くなって相続してから、1年以上が経つ。売ることは決めていた。でも話が価格の根拠に差し掛かるたびに、胸がざわついた。
査定額を提示されたとき、担当の人に言った。「査定額が出ると、この家に値段がつくわけですよね。なんか……それがちょっと」言葉が途切れた。「親の人生に値段がついてしまうような気がして」
担当の人が「売ることは、裏切りじゃないですよ」と言った。
その言葉で何かが緩んだ気がした。裏切りなんて言葉、自分では一度も使ったことがなかったのに、その一言が刺さった。私が恐れていたのは、そういうことだったのかもしれない。
「また連絡します」と言って、その日は帰った。
値段の話は、まだ腑に落ちていない。でも前より少し、話ができそうな気がしている。
