「親のために動いている」と、私はずっと人に説明してきた。夫にも、友人にも、職場の同僚にも。

母が八十を過ぎて、一人暮らしが危なくなってきたから。母の生活費と将来の施設費用を準備しておきたいから。母に安心して老後を過ごしてほしいから。だから、実家の売却を生前に進めようとしているのだと、私は何度も口にしていた。

それは嘘ではなかった。でも、全部ではなかった。

本当のところ、私は、自分のために動き始めていた。

きっかけは、二年前の正月だった。母の家に集まった親戚の中で、叔母が何気なく「この家、いずれあなたが継ぐのよね」と言った。

その一言で、私は急に息苦しくなった。継ぐ、という言葉の重さに、体が固まった。

継ぐということは、母が亡くなった後、この家の固定資産税を毎年払い続け、庭を管理し、台風の後は屋根を点検し、空き家のまま保有するか、売却のために兄妹で話し合いをまとめるかを、自分一人で背負うということだった。それが十年、二十年と続くかもしれないのだ。

兄は遠くに住んでいて、「任せる」と言いながら、実際には何もしない。そのことは、子どもの頃から分かっていた。

私はそれから、家のことを考えるたびに、胸の奥が重くなるようになった。母のことが心配なのも本当だった。でも、その心配の中に、自分が将来負わされる負担への不安が、確実に混ざっていた。

その不安を、私は母には言えなかった。兄にも言えなかった。夫にも、うまく言葉にできなかった。「将来、家のことで疲弊したくない」と口に出すと、自分が薄情な子どものように思えて、そのたびに言葉を飲み込んだ。

職場の同僚が親の介護と実家の処分で心を病んだ話を聞いたことがあった。その人は「全部一人で抱え込んで、ある日突然動けなくなった」と言っていた。

私は、いつか自分もそうなるのではないかという恐怖があった。でもその恐怖を「自分のため」の動機として口にするのは、どうしてもはばかられた。

だから「親のため」と言い続けた。そう言えば、誰も私を責めない。私も自分を責めずに済む。

そして私は、「親のために」という言葉を選んだ。その言葉なら、誰も否定できない。母も、兄も、夫も、「あなたは母親思いだね」と言ってくれた。

でも、私は知っていた。親のためだけなら、私はこんなに早く動き出していなかった。

生前売却のことを調べ始めたのは、私が自分の将来を守りたかったからだった。母の介護と、兄との調整と、売却活動を、自分一人で抱えきれないと予感していたからだった。

母が元気で判断できる今のうちに整理しておけば、将来の自分が少し楽になる、と思ったからだった。

その本音に気づいた時、私は少し罪悪感を持った。私は自分のことを優先している、と。

何日かその罪悪感と向き合った。夜中に目が覚めて、天井を見つめながら考えた。「親のために動いている」と言っている自分と、「自分のために動いている」本当の自分。その二つの自分が頭の中で重なって、どちらが本物か分からなくなった。

でも、ある朝ふと思った。両方が本物なのではないか。親のためでもあるし、自分のためでもある。それは矛盾ではなく、両立する感情なのではないか。

自分を守ることは、家族を守ることの反対ではない。自分が潰れてしまえば、私は母の介護も、兄との話し合いも、ちゃんとできなくなる。

自分を守ることで、結果として家族を守ることになる場面は、確かにある。

ある夜、私は夫に、自分の本音を初めて言葉にして話した。「親のためだけじゃない。私は、将来の自分のためにも動いている」と。

夫は少し考えてから、「それでいいと思う」と言った。「自分のためだって認めた方が、お母さんに向き合うときに、きっと楽になる」と。

その日から、私は母と話すときの感覚が少し変わった。「母のために頑張らなきゃ」ではなく、「母と一緒に、私たち家族の未来を整理する」という感覚になった。不思議なことに、自分の本音を認めてからのほうが、母に対して素直に向き合えるようになった。

翌週、私は母に会いに行った。お茶を淹れてもらいながら、家のことを話した。以前は「お母さんの将来のために」と切り出していたが、その日は「私も、この家のことでずっと不安だった」と言った。

母は少し驚いた顔をしたが、「あなたも大変だったのね」と言った。母は私が思っていた以上に、私の負担に気づいていた。

人は、自分の本音を隠して動くと、どこかで疲れ果ててしまう。「親のため」という言葉は美しいけれど、その言葉の裏にある「自分のため」を認められないまま動き続けると、いつか立ち止まれなくなる。

「自分のため」を認めることは、自分勝手になることとは違う。自分の動機を正確に理解することだ。何が怖いのか、何を守りたいのか。それが分かって初めて、家族とまっすぐ向き合える。

私が本当に欲しかったのは、「自分のために動いてもいい」という、自分自身への許可だった。