母が施設に入ってから、三年が経つ。
最初の施設は市内の特養だった。それから病院、そしてまた別の施設へ。母は今、岡崎市内の有料老人ホームにいる。月の費用が十八万円。年金でまかなえる部分は一部あるが、残りは私が出している。
実家は空き家になっている。母が住んでいた家だ。
母が施設に入ってから、三年が経つ。
最初の施設は市内の特養だった。それから病院、そしてまた別の施設へ。母は今、岡崎市内の有料老人ホームにいる。月の費用が十八万円。年金でまかなえる部分は一部あるが、残りは私が出している。
実家は空き家になっている。母が住んでいた家だ。
売ろう、と最初に思ったのは一年前のことだ。
銀行の残高を見て、このままではいつか底をつくと感じた。実家の固定資産税も払い続けている。あの家を売れば、施設費用を何年かまかなえる計算になる。
でもその計算をした後、私は手帳を閉じた。
「裏切り」という言葉が頭に浮かんだ。
母が生きているうちに、母の家を売る。それは、母をどこかに置き去りにして、後始末をするみたいなことじゃないか。そんな気がして、電卓を叩いた自分が嫌になった。
実家は母が三十年以上暮らした家だ。
父が亡くなったあとも、母は一人でその家を守っていた。「ここにいれば、お父さんがそばにいる気がする」と言っていた。仏壇の前に毎日花を飾って、庭の花を大事にして、季節ごとに窓から見える景色を楽しんでいた。
今はカーテンが引きっぱなしで、窓を開ける人もいない。
月に一度、私が掃除に行く。行くたびに、何かが少し薄れているような気がする。においが変わってきた。建物の声みたいなものが、少しずつ変わっている。
施設で母に会うと、母は私の名前を呼ぶ。まだわかる。笑う。
先日、「お家はどう?」と母に聞かれた。「きれいにしてるよ」と答えた。嘘じゃない。でも全部は言わなかった。「売ることを考えている」とは、言えなかった。
言えない理由がある。母を傷つけたくないから、というのはある。でも、もう一つある。
「売ることを考えている私」を、母にどう思われるかが怖かった。母には「あの家を守ってほしい」という気持ちがあると思う。それを裏切るのが怖かった。
ある夜、母の友人だったという方から電話が来た。
「お母さんのこと、気になって」と言って、近況を教えてくれた。話の中で、その方が言った。「あの家、お母さんはね、『いつかあなたの役に立ててほしい』と言っていたのよ」と。
「役に立ててほしい」。
私は受話器を持ったまま、しばらく動けなかった。
母は「家を守れ」と言っていたわけじゃなかったのかもしれない。母は「あなたの助けになってほしい」と思っていたのかもしれない。
私が「裏切り」と呼んでいたことを、母は「役立て」と呼んでいたのかもしれない。
まだ何も決めていない。
売るとも、売らないとも、まだ決めていない。でも、「裏切り」という言葉だけでこの問題を見るのをやめようと思った。
母が私に残したものは何か。家だけじゃないはずだ。家を通して、母が私に届けたかったものが何かあるはずだ。そこから考え直してみようと思っている。
それだけで、少し呼吸が楽になった気がした。
この記事は、過去にご相談いただいたお客様の実体験をもとに、物語調に編集したものです。同じような気持ちを抱えている方に、「悩んでいるのは自分だけじゃない」と感じていただけたら、それだけで書いた甲斐があります。
気持ちの整理がついたとき、売却の全手順を知っておくと一歩が踏み出しやすくなります。豊田市で相続した不動産を売却する全手順・岡崎市で相続した不動産を売却する全手順の全手順ガイドをご覧ください。