「実家をどうするか、相談したくて」と私は言った。
岡崎市の実家に、母が一人で住んでいた。認知症の診断が出て、施設への入居を検討しているところだった。
正直に言えば、「相談したい」のは実家のことではなかった。
母を施設に入れたくなかった。
ケアマネジャーには「本人の状態を考えると、施設の方が安全です」と言われていた。医師にも同じことを言われた。理屈は分かっていた。
でも私には、「施設に入れる=見捨てる」という感覚がどこかにあった。
私は長女だった。「母を最後まで自分でみる」という思いが、ずっとあった。でも、遠方から通うことに限界を感じていた。子どもがいて、仕事があって、週に何度も岡崎まで来られない。それが現実だった。
エージェントに相談したのは、「施設に入れる覚悟が決まれば、実家の話ができる」という計算もあった。実家の話を入口にして、誰かに話を聞いてもらいたかった。
話を聞いてもらいながら、少しずつ本音が出てきた。
施設に入れることへの罪悪感。母を見捨てているような気持ち。でも、続けられないという現実。
「それは、施設に入れることが正しいと分かっているからこそ、苦しいんですよね」と言われた。
「お母さん、今の状況で一番つらいのは何だと思いますか」と聞かれた。
私は考えた。「一人で家にいるときだと思います。何かあっても誰もいないし、自分が今どこにいるか分からなくなることも増えてきているから」
「じゃあ、施設に入れることで、そのつらさは減りますか」
「……はい、減ると思います」
「それが答えじゃないですか」と彼は言った。
私は泣いた。
「見捨てる」のではなく、「母が安全でいられる場所を選ぶ」ということ。その言葉の組み換えが、私には必要だった。
実家の話は、その後だった。
母が施設に入る目処が立ったとき、初めて「実家をどうするか」を落ち着いて考えられた。
施設の費用が年間200万円以上かかる。実家の維持費もかかり続ける。長女として一人で抱えるには、経済的な現実もあった。
「動く理由が整理できました」と彼に伝えたとき、ようやく売却の話が始まった。
実家のことが相談の入口だった。でも私が本当に整理したかったのは、「施設に入れることへの罪悪感」だった。
その罪悪感を誰かに認めてもらわないと、次に進めなかった。
