「借金を返して、すっきりしたいんです」

はっきりした言葉で、私はそう言った。


岡崎市内のマンションに住みながら、豊田市にある母の実家を相続していた。借金がある。家を売れば返済できる。転居して新しい場所でやり直したい。筋の通った話だと思っていた。

でも、担当の人に転居先を聞かれたとき、少し答えに詰まった。「まだ決めていない」と言いながら、「とにかく、ここではないどこかに行きたい」と思った。


2回目に会ったとき、書類の話の中で「今、夫との共有名義になっていて」と言った。自分でも驚いた。それまで一度も「夫」という言葉を使っていなかったのに。

「離婚の協議中なんです」

声に出してみると、思ったより重い言葉だった。結婚して二十年。子どもは独立している。関係は数年前から冷え切っていた。

離婚したいと思いながら、切り出せずにいた。そんなとき、母が亡くなって家を相続した。


家を売って、借金を返して、転居する。それは全部、離婚に向けた準備だった。

でも「離婚するから家を売りたい」とは最初から言えなかった。「借金の返済」という言葉のほうが、人に説明しやすかった。


3回目に会ったとき、「新しい人生を始めたいんです」と言った。ずっと我慢してきた。子どものため、世間体のため。でも子どもは独立して、母も亡くなった。

もう我慢する理由がなくなったとき、なぜか動けなかった。

母の家を見ながら思った。母は父が亡くなってから、ひとりでここで暮らしていた。私にも、できるんじゃないかと。


借金の返済が目的だったはずが、今は別のことを考えている。

どこかで新しい暮らしを始めることへの、怖さと期待が混ざっている。すっきりできるのかどうか、まだわからない。でも、動き始めた。