「高く売りたいんです」と私は言った。
岡崎市の実家を売ることを決めた。相続から2年、ようやく兄弟間で話がまとまって、売却に向けて動き始めた。
査定を3社から取った。A社2,300万円。B社2,400万円。C社2,900万円。
私はC社に決めた。「高く売りたい」と言っていたのだから、当然だ。
5ヶ月後、実家はまだ売れていなかった。
C社からは「価格調整の提案」が2度来た。2,900万円が2,600万円になり、その後2,400万円になった。B社が最初に提示した価格と同じだった。
「高く売りたかっただけなのに」と思った。でも、何かが違う気がした。
私は本当に「高い価格」を求めていたのだろうか。
売れない5ヶ月のあいだ、私は何度も不安になった。
「本当に売れるのか」「価格を下げれば売れるのか」「そもそもこの業者に任せてよかったのか」
連絡を取るたびに、C社の担当者は「もう少し待ちましょう」と言った。でも、具体的な説明はなかった。なぜ売れていないのか、どんな人が問い合わせてきているのか、何が障壁なのか、何も分からなかった。
不安だった。孤独だった。
知人の紹介で、別のエージェントに話を聞いてもらった。
「最初から何を一番重視していましたか」と聞かれた。
「高く売ること」と答えかけて、止まった。
「……正直に言えば、ちゃんと売り切れるかどうかの方が不安でした」
彼は少し間を置いて、言った。「高い価格は手段であって、本当に求めていたのは別の何かじゃないですか」
そうだった。
私が本当に求めていたのは「高い価格」ではなく、「信頼できる人と、ちゃんと売り切ること」だった。
価格は確かに大事だ。でも、5ヶ月間何も分からないまま待ち続けることへの不安の方が、よほど大きかった。誰かに「今こういう状況です、こう動いています」と説明してほしかった。最後まで一緒に考えてくれる人と動きたかった。
その「安心」を、私は「高い査定」に求めていた。
「価格が高いから信頼できる」わけではない。
「なぜその価格か」を根拠を持って説明してくれて、プロセスを丁寧に報告してくれて、何かあれば一緒に考えてくれる人。
それが私の求めていたものだった。
その後、別のエージェントと動き始めた。価格の根拠を毎回説明してもらった。問い合わせがあれば内容を共有してもらった。何かあれば「どう思うか」と聞かれた。
「高く売りたい」と思っていたあのとき。本当に欲しかったのは、高い価格ではなく、一緒に動いてくれる人だったのだと、そのとき初めて分かった。
