「とにかく高く売りたいんです」

私は3回そう言った。最初の面談で。


岡崎市の実家を相続した。築45年の木造二階建て。父が退職金のほとんどをつぎ込んで建てた家だ。

土地選びから始めて、設計は何度もやり直した。「うちは○○万円かけて建てた」と近所に自慢していた。そういう父だった。


査定額を聞いて、不満だった。相場通りの金額だとわかっていても、「もっと高くなりませんか」と聞かずにはいられなかった。

リフォームすれば上がるか。もう少し待てば上がるか。

担当の人が丁寧に説明してくれた。建物の耐用年数のこと。築45年の木造住宅の市場価値のこと。頭ではわかった。でも「わかった」とは言えなかった。


ある日、父が家を建てたときの手書きの図面を持っていった。黄ばんだ紙に、几帳面な線で間取りが描かれていた。

「親父が自分で書いたんです」と説明しながら、自分でも少し驚いた。なぜ図面を持ってきたのか、よくわからなかった。


「建物に値段がつかないことくらい、わかってるんです」と言った後、「でもそれを認めたら、親父の努力が全部無駄だったみたいで」と続いた。

言いながら、ああ、そういうことか、と思った。

高く売りたかったのではなかった。父の人生を安く見積もりたくなかった。


「親父が生きてたら、何て言うかな」と声に出した。担当の人は答えなかった。でも私の中ではすぐに声が聞こえた気がした。「家は人が住むためのもんだ。住まなくなったら次の人に渡せ」。そういう人だった。

図面を丁寧に折りたたんで、鞄にしまった。

「高く売れなくても、大切に使ってくれる人に渡せたら、それでいいのかもしれません」と言った。自分でも驚くくらい、すっと出てきた言葉だった。