「難しいですね、このエリアは」

4社目も同じことを言った。

豊田市の郊外、山間部に近い実家。築38年。父が建て、私が相続した家。査定に来るたびに業者は首を振った。

「売れない」というのが既定事実のようになっていた。

私もいつしか、「この家は売れないもの」だと思うようになっていた。


でも実は、売れないことに安心している自分もいた。

売れないなら、手放す必要がない。売れないなら、決断しなくていい。

「売れないから仕方ない」という言い訳が、私に決断を迫ることなく、現状を維持させてくれていた。

父が建てた家を手放すことへの恐れ。その恐れに向き合わなくていい理由を、私は「売れない」という言葉の中に見つけていた。


5社目に声をかけたとき、私は実は期待していなかった。「またどうせ同じことを言われる」という気持ちで、エージェントを呼んだ。

彼は現地を見て、少し考えて、言った。「売れないエリアではないと思います。売り方の問題だと思う」

「でも4社に断られました」と私は言った。

「大手は動かないエリアです。費用対効果が合わない。でも、買いたい人がいないとは違う」


話を聞いていくうちに、彼は私に聞いた。「この家、手放したくないですか」

私は一瞬止まった。

「……正直に言えば、まだ踏ん切りがついていないです」

「そうですよね」と彼は言った。「売れないと言われ続けると、売らなくていい理由になる。でも、本当に手放したくないなら、それをちゃんと決めればいい。売れないから仕方ない、じゃなくて、まだ売る気持ちになっていない、でいいと思う」


そのとき、何かが緩んだ気がした。

「売れないから仕方ない」と「売る気持ちになっていない」は、同じ結果でも全然違う。前者は外側の事情。後者は自分の意志。

私は4年間、外側の事情に決断を委ねていた。本当は、自分が決めることを避けていただけだった。


「売れるかどうかは別として、まず気持ちを整理しましょう」と彼は言った。

私はその日、売却を決断しなかった。でも初めて「自分がどうしたいか」を正面から考えた。

父が建てたこの家を手放すことへの恐れは、本物だった。でも、その恐れを抱えたままずっと維持し続けることが、父の意志とイコールではないということも、分かっていた。


売れないと言われ続けた4年間に、意味があったとすれば、「まだその時ではなかった」ということだったのかもしれない。

でも、「売れない」に隠れていた本音は、「まだ決める勇気がなかった」ということだった。