売らなければいけないと分かっていた。

頭では理解していた。父が施設に入って2年が経ち、実家は誰も住んでいない。固定資産税の通知が来るたびに、封筒を開けながら「またこの季節が来た」と思った。草が伸びれば、近所に申し訳ないと思いながら豊田市の実家まで草刈りに行った。

それでも踏み切れなかった。